【深夜の紅天わんどろ】お題:金鍔はんぶんこ
昼餉後のまったりした空気が居間に充満している。
忙しなく後片付けに奔走する桃箒や手伝いの従属達を横目に、俺は楊枝を銜え腹を擦っていた。
左隣には勿論緋王。涼しげな横顔からは、今し方飯を三度もおかわりした気配など消え失せていた。
「ああ……腹苦しい……」
「犬のようにがっつくからであろう」
「お前ほどがっついちゃいねえよ。つうかよ、前から思ってたんだがお前身体薄いよな。食ったもんどこにやってんだ?」
「汝とて変わらないだろう。くだらないことを訊くな」
鬱陶しげに睨まれ、そうかよ、と聞き流す。緋王と居るなら、これくらいのことに一々突っかかっていると身がもたない。
銜えた楊枝をぶらつかせていると、襖がすらりと開いた。
「おう桃箒。片付けお疲れさん。飯、ありがとな」
「お粗末様でした。主様、緋王様、もうお腹はいっぱいですか?」
「ん?」
姿勢を正してみると、上座へ近付いてきた桃箒の手元にあったものがしっかりと見え、思わず軽快に膝を打った。
「さっすが桃箒!」
「金鍔か」
俺と同じく、無言を貫いていた緋王もやや身を乗り出した。そんな俺達へ桃箒はにこりと頷き、手にした盆をきれいになった卓に置く。
「昼の材料を買いにいった時に頂いてきたんです。ただ……」
「ん? どうし……桃箒、これ、一つしかねえみてえだけど……」
「そうなんです……うっかりしていて……申し訳ありません」
皿の上にあるただ一つの金鍔を前に、桃箒はしゅんと項垂れてしまう。慌てて頭を上げさせ、しっかりと礼を伝えた。
「一つでも構わねえよ、な、緋王」
「そうだな。汝は見ていればよい」
「なんっでそうなるんだよ! そこは半分こって言うところだろうがっ」
「言うと思うのか? 我が?」
「言えよこういう時はよ。……はあ。まあ、そんなわけだし気にすんな桃箒。ありがとな。ありがたく頂くぜ」
申し訳なさそうにしながらも桃箒が下がり、居間には俺と緋王、それから、たった一つの金鍔が残された。
ちらりと左側を窺う。図ったように緋王も俺を見た。瞬間、ばちっと火花が飛んだ。ような気がした。
「俺んだ!」
勢いよく皿へ手を伸ばす。
「半分と言ったのはどの口だ」
指先が皿に触れる寸前、その手を叩き落とされた。畜生。
じんじんする右手をぶらつかせ、思い切り睨み付けてやった。鼻で笑う半身を今ほどぶん殴りたくなったことはない。
「わーかったよ。半分な? 半分こ」
「ふん」
「じゃあ、切れよ緋王。ちゃんと半分にしろよ。きれいにな!」
「言い出したのは汝であろう。汝が切れ」
「誰かさんのおかげで利き手が痺れてんだ。お前がやれ」
「……くっ……解せん……」
文句を言いながらも黒文字を手にした素直さにうんうんと大仰に頷き、大して痺れてもいない右手をそっと背後へ隠す。
傍観を決め込み、至極不機嫌そうな横顔とその手元を見つめた。
緋王は案外手先が器用だ。以前成り行きで鶴を折らせた時も、教えた俺より整った美鶴を生み出した。
緋王と弧白ならどちらがより器用だろうか――そんなことをぼんやり考えているうちに、短い舌打ちが届く。意識を戻せば、眉間に皺を寄せる緋王に睨まれていた。おっかない。
「我に働かせておいて何を呆けておるのだ」
「ご苦労さん。ありがとなあ……って、おい緋王、きれいにっつったろ? 大きさ違うじゃねえか」
「当然だ。そうなるよう切り分けたのだからな」
「はあ? なんでだよ」
「働かざるもの食うべからず……とは、あの雷獣の口癖であったな」
勝ち誇ったように嗤う。言ってやった! と言いたげな顔にむかっ腹が立つものの言い返す言葉を俺は持たず、
歯噛みしながら睨むのが関の山だった。畜生。こうなるなら最初から俺がやるべきだった。
「くっそ……俺の金鍔ぁ……」
「あるではないか。此処に。欠片が」
「うっせえ……! うう……、こんな欠片じゃ食った気がしねえよ……」
肩を落としつつ、俺用らしい小さな欠片を指でつまむ。金鍔だ。紛れもない金鍔だ。金鍔だけれど、小さい。緋王用らしい片割れの三分の一も無い。
洟を啜り口へ放り込もうとしたところで、おい、と呼び止められた。しょぼくれつつ隣を向く。
「……違う」
「……へ?」
呆けた声を漏らした俺へ再び短い舌打ちをくれ、今の今食おうとしていた小さな欠片を奪われた。反応するより先に、まだ皿上にあるほうの金鍔を差し出される。
「食え」
「……へ? いいの……、か……? だって、これ……」
「五月蠅い。食え」
ぽかんとしていると、奪われた金鍔が緋王の口へ放り込まれた。赤い舌が唇を舐める。
「いらぬのなら我が食う」
「い……あ、いや、おう。その……、ありがとな……?」
「ふん」
おずおずと残った大部分の金鍔を摘まみ上げ、口へ運ぶ。緋王は何事も無かったかのように、親指をぺろりと舐めていた。……なんつうか、行動が読めねえ。未だに……。
申し訳なさ半分、驚き半分で咀嚼する。口内へ拡がる独特の甘みに頬が緩んだその時、突然肩を引かれ身体が傾いだ。
「おわ……っ! んんっ?!」
「ふ……、……」
妙に大人しかった緋王に、いきなり口を塞がれた。金鍔が入ったままの咥内へ遠慮なく舌が差し込まれ、驚くやらこっ恥ずかしいやらで呼吸の仕方をド忘れしてしまう。
物理的な息苦しさと口をまさぐられる感覚にもがいていると、暫くの後漸く解放された。 急いで金鍔を嚥下し、激しく上下する胸元を押さえる。
「っ、は、……っ、緋王……っ、お前なあ……っ!」
肩で息をしながら盛大に睨んでやったのに、一方の緋王は親指で唇を拭い、にやりと口角を引き上げた。
「美味かったぞ。これで我は一つ分の金鍔を食ったということだな」
「…………そうかよ…………」
がくり、怒らせた肩が畳につきそうなほど落ちた。
今度こそ勝利を確信したらしい緋王が満足げに笑む。脱力した俺にはもう、撥ねっ返す気力さえ残されていなかった。
見計らったように襖が開く。顔を出したのは、食後暫く姿が見えなかった弧白と雷王だ。
「おや藍丸。どうしたんだい、そんなに気落ちして。これでも食べて元気をお出しね」
差し出されたのは、二つの金鍔。
俺と緋王は顔を見合わせ、噴き出すように笑い合った。
ツイッターにて6/28開催紅天ワンドロに参加・投下しましたその1
1時間早すぎて笑いました