イプ中の産物その4
嘲りと諦め、そして僅かな愁いを帯びた視線に捕らわれた時、この胸に湧き起ったのは確かな「嬉しさ」だった。
独りで立とうともがき続けた千家は今、私にその背を預けてくれた。
その事実は選択の成否の虚しさを教え、体温を感じなくなったこの広い背を支えていこうと固く決意させた。
たとえ、彼にとっての闘いが果ての無い茨の未来だとしても。
たとえ、この道が間違いであったとしても。
たとえ、互いの体温を共有することがこの先二度と叶わないとしても。
「――……、は……」
重く息を吐き出し、逆さ鳥居の幹に凭れかかる。
刀の柄を握ったまま手首を返し、こめかみを拭った。そうしてハッとする。無意識の仕草だった。
これは癖のようなものだ。身体を動かし、感覚が疲労を感じ取れば、当然身体は汗を流す。意識もしないほど自然な流れではあるけれど、それはこの命が正常に
機能していればの話だ。今の私に流す体液などただの一つも無い。あるとするならば――。
「血……だろうか……」
「……どうした、京一郎」
「……、いえ。大したことではありません」
首を振り、刀を鞘へ納める。私の身体を支える鳥居の逆側の足元で休息を取っていた千家は暫く私を見つめ、何も言わず視線を暗闇へ流した。
(……莫迦なことを考えてしまった)
ほんの少し前の思考を内心に嗤う。
流れる体液が血だけなど。そんなことありはしない。いくらこの心の臓が時を止めているとはいえ、襲い来る死霊に膚を傷付けられれば痛み、血を流し、疼く。
――それがたとえ、感覚の中だけの現象だとしても。
「息は整ったか」
不意に、凛とした千家の声が思考を裂いた。
気付かぬうちに俯いていた顔を上げれば、路の奥を見据えていた横顔に静けさが宿っている。もうすっかり見慣れた、敵を前にした時独特の表情だった。
「……いきましょうか、伊織」
「……ああ」
太い柱から背を浮かせ、沈黙を守る柄に右腕を乗せた。一歩踏み出せば、千家も隣に並ぶ。
どこまでも深い闇の路。響くは足音、ふたつきり。
「京一郎。……後悔は無いか」
「ありませんよ。何も。何もかも」
「……そうか」
魂を引き摺り込まんとする咆哮がこだまする中、数え切れぬほど繰り返した問答を今日もまた口にする。
この咆哮が消え去り、二刀を手放せるその日まで。
千家の問いと私の答を、遠い過去の話と笑えるようになるその日まで。
「いきましょうと言ったでしょう、伊織」
「――そうだな……」
深い色の長い髪がふわりと鼻先を掠めた。
追い越し際、千家の口元は僅かに持ち上がっていたように見えた。
眼前に揺れる髪はもうその長さを変えることはないけれど。
振り返ることも、戻ることも、もう出来やしないけれど。
この背に積もり積もった孤独と愁いが亡者の涙と共に消え去ると願って。
この切っ先が切り開く先に私達の未来は続いているのだと、信じて。
これも珪ちゃんとツイッターで千京の投げ合いをしていた時にノリで(笑)根の路ED難しい…最初で最後かと。