01.嘘みたいな本当の気持ち



 仁王先輩は呼吸の数だけ嘘をつく。
 だからこれもきっと嘘なんだ。いつも通り、俺をからかっているだけなんだ。

「――で? ネタバラしいつなんスか?」
「…………」

 笑いながら首を傾げても、眼前に立つ先輩は口を結んだまますうっと目を細めただけ。睨むでも訝るでもなく、じっと俺を見ている。ただその視線の温度は、いつになく冷たい。

「……」
「…………」
「……あ、は……」
「…………」

 俺達以外誰もいない裏庭に、俺の空笑いだけが虚しく響く。

 ……気まずい。ヒジョーに気まずい。

 どうしてこうなったんだろう。
 俺はただいつも通り部活に出て、不本意だけどいつも通り副部長に怒鳴られて、これまた不本意だけど外周三十周を言いつけられて、ひいひい泣きながら走っていただけだというのに。 どうして俺だけ! なんてぶつぶつ文句を垂れながら必死こいて脚を動かしていただけなのに。

 ただ、あと十周という時になって喉の渇きが限界にきただけ。立ち止まったのがたまたま校舎裏だっただけ。 そこをたまたまノラ猫が横切って、なんとなく後を追っただけ。着いた場所は裏庭で、そこに、仁王先輩がいただけ。

 それだけなのに。

「……あ、あのっ、あの、あのー……」

 気まずさと焦りで声が上擦る。しかもその後が続かない。
 どうしていいかわからず視線を右往左往させていると、黙ったままの先輩の左手が視界に入った。
 ぶらりと垂れ下がったその手には、さっき差し出され、そして突き返した小箱がある。茶色の箱に黒いリボンが掛けられた小箱。リボンには細かい英語が印字されている。

 中身が何かなんて知らない。どうして突き返したのかも今となってはわからない。
 ただなんとなく、先輩が……仁王先輩の顔付きが、俺のよく知る茶化すようなものじゃなかったから。たぶんそんな理由とノリで受け取らなかった小箱だ。

 後ろから吹いた風で髪が流れた。
 身震いしてしまうほど冷たかったその風は正面の仁王先輩にも当然当たり、先輩の銀色の髪も揺れる。
 乱される横髪を押さえながら顔を上げれば、先輩は、揺れる鬱陶しそうな前髪をそのままにまだ俺を見ていた。

「…………」

 強くはないけれど冷たい視線。
 射抜くようなものじゃない。ただ静かだった。どこまでも、どこまでも静かだった。

 淡色の前髪が流れる。静かな琥珀色が隠れてしまう。少しだけ見える眼は、今も俺を、俺だけを見ている。

「……、……」

 無意識に両手を握り締めていた。どうしてか、もう笑うなんて出来なかった。
 枯葉も殆ど落ちた木が枝を揺らす。先輩の目の色よりずっとずっと濃い茶の枯葉がカサカサと音を立て転がっていく。
 止まない風は、小さな池の水面にたくさん波紋を作った。池に落ちた枯葉も不安定に漂う。ゆらゆら、ゆらゆら。まるで俺の心境を映しているように。

 普段は意識していない風の音、枯葉の転がる音、遠くに聞こえる車の排気音、校舎の窓が軋む音、そんな音たちが酷く大きく聞こえてくる。

 一歩半くらい離れた所にいる人が静かすぎて。

(……んだよこれ……、しんぞー、いってえ……)

 何も言わない仁王先輩のせいで、余計な音まで拾ってしまう。
 どくどくどくどくうるさいのはだれのおと?

 目を逸らしたら負けな気がした。気がしたのに、極端にまばたきの回数が減った先輩と張り合うのは、今の俺には部長に勝つってことよりもずっと難しかった。

 戦線離脱した俺の視界には、少しぬかった土と枯葉と、先輩のシューズしか映らない。  そういえばどうして先輩は此処にいたんだろう。サボりかな。今日はいつもより寒いから逃げていたのかもしれない。

 つま先を見つめながらひとり考え込んでいると、それがじゃり、と土を踏んだ。反射的にビクッと肩が揺れる。

 だって俺と先輩の距離はたったの一歩半。
 踏み込もうと思えばすぐそこの一歩半。

 瞬時に身を硬くした俺のすぐ近くで、先輩のつま先はぴたりと静止した。顔は上げられない。

 だってだって、どんな顔をしていいかわからない。どんな顔で向き合えばいいのかわからない。
 だってだって、先輩はきっと、まだあの眼で俺を見ているに決まってるから。

「赤也」
「……っ」

 また風が吹いた――と、思ったけれど、違う。
 耳元に起こった風は真冬の冷たさなんてちっとも孕んでいなくて。代わりに、ぞくっとするほど温くて。

「三度目はないぜよ」

 流し込まれる声は俺の知る声とはまったく別物で。ちっとも茶化すような雰囲気じゃなくて。

「単純で、ガキで、どうしようもないアホで、どうしようもなく無謀で、救いようない天パやけど」

 それってぜんぶおんなじじゃん、なんて思ったのに、口を挟むことも出来なくて。

「おまんが、すき」

 二度目の言葉と小箱を押し付けた先輩は俺の喉が音を発するのを待たずにその場を去ってしまった。

 残されたのは真冬なのにだらだらと汗をかく俺だけ。
 全身が熱くて熱くて、どうしようもなく熱くて。叫びたくなるほど、熱くて。

 一際熱い顔を小さな箱で隠して空を仰いだ。

「……天パ、かんけーねえじゃんか……」

 動揺に揺らぐ独り言は誰に拾われることもなく。
 発火しそうな俺の頭上には雲一つない空。高く高く、ヒバリの影が横切っていった。



 嘘みたいな本当の気持ち
 俺しか映さない真っ直ぐな眼に、それは嘘なんかじゃない、
 本当の言葉なのだと気付かされてしまった。




仁赤創作イプ・お題1
を、まとめたものでした。15分は難しい…そしてこれだけ一から書き直してます。