02.愛されるより愛したい派



 俺は、愛されるより愛したい派。

「……って、言うたら笑われるじゃろか」

 むに、とやわらかい頬を挟むと、聞き役に徹する猫がにゃあと一声鳴いた。

 ――昼休みもとうに終了した午後一時半。
 木々の隙間から校舎を見上げれば、絶賛授業中のそこからは静けさ以外の気配を感じられなかった。ここ・雨上がりの中庭には当然俺以外の人間はいない。人間は。

 足元に目を落とす。雨露で湿った中履きの匂いをしきりに嗅いでいる猫が一匹。
 軽く頭を撫でてやると猫は顔を上げ、なんだと言いたげに首を傾げた。ビー玉みたいな俺より淡い琥珀に、ややこしい顔をした自分が映り込む。
 ピンと伸びたヒゲごと頬や顎を擽ってやると、気持ちよさそうに両眼を細め喉を鳴らす。耳の裏も同じように掻けば、小さな雷鳴は次第に大きくなっていった。

 猫ならこんなに簡単なのに。

 漏らした溜息が地面に吸い込まれていく。本物の猫の扱いならそこそこ慣れているというのに、猫みたいな人間の扱い方は未だによくわからない。

 何をどうすれば喜ぶのか。何をどう言えば伝わるのか。
 考えても考えても答えは出ない。それを本人に伝えることもできない。こうしてノラ猫に吐露するのが関の山だ。俺も大概情けない。

 本当は。本当はもっと――。

「はぁ……」

 二度目の溜息を受け止めた猫が小首を傾げる。ヒゲをひくつかせる仕草はなんとも言えないほど可愛いのに、俺の溜息はちっとも止まる気配がない。
 喉元や耳の裏を撫でてやりながら、スラックスのポケットをまさぐり携帯を取り出す。開けば、いつか撮ったこの猫の写メが画面いっぱいに表示された。

 着信はなし。新着メールは、一件。

「……」

 撫でる手はそのままにメールのアイコンを押した。送信者は予想通りの人物で、名前を見た途端無意識に頬が緩む。
 そんな自分にハッとして頭をぶんっと振り、肝心の内容へと目を向けた。

《おれはいまどこにいるでしょーかっ》

「……は?」

 思わず声に出てしまった。けれど、いくら画面を凝視しようと書かれているのはそれだけ。唐突且つオチもない。ついでに言えば漢字もない。まるでもって意味がわからない。
 不思議そうに見上げる猫の眼に、眉間にシワを寄せた自分が映り込む。「おまん、これわかるか?」つい、そう尋ねてしまったほどこのメール内容が理解出来ない。 参謀はあいつの教育係として《人に何かを伝えるとは》という重大なことを教えてやるべきだと思う。

 一人と一匹で悶々としていると、背後で砂を踏む音がした。
 音と共に人の気配がひとつ。ここ・中庭は、生徒が滅多に立ち入らない俺の憩いの場所なのに。
 若干げんなりしながら振り返ろうとしたその時、急に視界が暗くなった。

「だーれだっ」
「……はあ」
「ちょっ、リアクションうっす! もっとビックリしろしっ」
「ベタすぎて言葉も出てこん」

 目元を覆う手らしきものをベリッと剥がしてやる。と、横からズイッと覗き込まれ、

「俺の勝ち?」
「は?」
「かくれんぼ。俺の勝ち?」

 大きな猫目をパチパチ開閉させ、にかっと得意げに笑う。
 あまりにもいい笑顔を見せられたものだから、本当に言葉を失ってしまった。ついでに肩の力も抜けた。

 予告なく始まっていたらしいかくれんぼは、どうやら赤也の勝利で幕を閉じたらしい。
 圧し掛かるように後ろから抱きしめられつつ小さく苦笑する。「先輩に勝った」と鼻歌まで口遊みだしたから、重いとは言わないでおいてやった。

「サボっててええんか? 万年赤点の補習常連くん」
「だってめっちゃ天気いいしー、飯食ったらちょー眠くなっちまってー」
「それとかくれんぼとどう関係あるん」
「あるッスよー? まじねみー、寝ちゃおーってうとうとしてたら、中庭んとこに派手髪見つけちまってー……」

 気付いたら「保健室行ってきます!」なんてベタな台詞を叫んでいた・そう言ってカラカラと笑う。 首に回された腕がぎゅうぎゅうと絞まる。苦しいと文句を飛ばしながらも、赤也の感情に引き摺られるように俺も笑ってしまう。

 上機嫌な後輩に好きにさせながら顎を上げた。真っ青な空に羊雲が浮いている。コントラストがきれいだと呟けば、なんのことだと拘束がややきつくなった。

 俺は、愛されるより愛したい派―心の片隅で自分自身へ確認する。そうだ、俺はもっと、本当はもっと。

「ぽかぽかで気持ちいッスねー」
「じゃのー」

 そんな願望、背中へ重心を傾けた時には、足元に転がる石ころより小さくなっていたけれど。




 愛されるより愛したい派
 こんなに露骨にしあわせオーラを振りまかれたら、もう何も言えなくなる。
 大切にされてやろうと、思ってしまう。


仁赤創作イプ・お題2