present4you
麗らかな休日。空は青く、陽光あたたかな絶好の洗濯日和。
常に人手不足の孤児院へ今日一日の出入り禁止を言い渡された俺は、ここ数日の雨で溜まってしまった洗濯物を一気に洗い、外へ干し、
部屋の掃除までを完璧に済ませた。昼ごはんは昨夜の残り物を摘まみ、少しだけソファでうたた寝をした。
ただそれだけだった。そう、それだけだったはずなんだ。
「…………」
「……、……あ、の……、カルロ……?」
「ああ?」
低い威嚇に思わず肩を竦め、寝そべったままソファの隅まで後退する。サングラス越しに見える青の眼が殊更きつく映るのは、きっと見下ろされているからだけじゃない。
あたたかな陽射しに誘われるように落ちた眠りは凄く気持ちが良かった。夢の中で抱きしめたもふもふの羊は可愛くて、ずっとそうしていたかった。
だけどそんな穏やかな眠りから覚めると、穏やかさの欠片もない物騒な視線に晒されていた。なんで。
目覚めた数分前からずっと青筋を浮かべているカルロを見上げつつ、雰囲気や表情から不機嫌の理由を探る。けれど一向に事情が読めない。
当たり前だ。さっきから今まで、カルロはずっと沈黙を通しているんだから。
目覚めたままの体勢でいる俺を見下ろした状態で、ずっと。
「あ、のさ、カルロ……、……座れば?」
「いい」
「いや、いいじゃなくて……そうやって見下ろされてるの、気分……良くないんだけど」
「お前が起きりゃいい話だろうが」
それもそうかと納得し、厳しい視線を受けながら上体を起こす。さりげなく右端に寄ってスペースを空けたというのに、カルロは立ったまま腕を組み直しただけ。
鋭い眼光も、全身から滲み出る不機嫌オーラにも変化は無い。
……だんだん、むかむかと腹が立ってくる。
「何? そんな睨んでたって、口で言わなきゃわかんないだろ。ていうかいつ来たの。チャイム鳴らせっていつも言ってるのに」
「黙れ」
「俺が黙ったらあんた喋らないだろ。あんたが理由話すって言うなら黙るよ」
「…………」
同性すら見惚れる整った顔が、一層不機嫌に歪む。いや、不機嫌というより不服に近いかもしれない。
真意はどうあれ、どこか覚えのある雰囲気だった。
殆ど睨み合うようにしながら記憶を遡っていくと、あ、と声が漏れてしまった。ひくっと上がった眉が見え、慌てて首を振る。
良くない雰囲気に怪訝まで混ざってしまったカルロは、きっと彼の部下が直面すれば直立不動で冷や汗を噴出させるレベルで怖い顔をしているし、纏う雰囲気は悪化の一途を辿っている。
それなのに、
「……ぷっ」
「……おい。何笑ってやがる」
「っ、ごめ……、ははっ」
「…………」
口元を覆い、謝罪を繰り返しながらも肩が震えてしまう。手の隙間から笑い声が漏れるごとにカルロの不機嫌は増すし、舌打ちも連打されているというのに、一向に笑いが治まらない。
今顔を見てしまうと笑い転げてしまう――そうは思いつつ、興味が先行してちらっと目をやった。
「……っ! は、ははっ、すごい、顔、すごい……っ」
「マキ大先生はよっぽど風通しよくなりてえらしいな? どこがいい。今ならサービスで希望通りの場所に撃ち込んでやる。言ってみろ」
「どこでも嫌だよ。……はあ、もう、だって……」
向けられた銃口を押し返し、目端を拭う。俺が笑いを引っ込めるのと、カルロが銃を収めたのは同時。はなから本気じゃない脅しに湿った目元を緩め、オレンジ掛かった青を真っ直ぐに見上げる。
「今度は誰に妬いてるんだ? 俺、誤解されるようなことした?」
「はっ、さすが大先生。馬鹿もここまで来るといっそ清々しいな」
「だってあんた、火薬庫の時と同じ顔してる。またエドに何か言われたのか? なんだかんだ仲良いよな」
「言うに事欠いてそれか。ぶっ殺すぞ」
せっかく収めた銃へ伸ばされかけた手を止め、掴む。触れた途端、ひくついていた口端がすっと止まった。
掴んだ手をぐっと引き寄せ、空けていた左スペースへ誘導する。そこまで強くはしていないけれど、カルロは振り払うことも抵抗することもなかった。
二人掛けのソファを満席状態にして、漸く隣へ来た人を覗き込む。一度目が合ったけれど、何も言わず逸らされた。
俺の視線を受け流すように無言のままサングラスをしまい、取り出した煙草を咥える。
「……マキ」
「何」
オイルライターの火が揺れる。目を細め、煙草の先端を近づける。そこが赤く灯るとすうっと一口吸い込み、白い煙を吐き出す。紫煙が室内へ拡がっていく。
何度も見てきた、なんのことはない動作だ。
だけど。カルロは知らないだろうけれど、俺はいつもこの姿に見入ってしまう。火を移す時に眉を寄せるのも、
一口吐き出してからライターの蓋を閉めるのも、たぶん無意識の癖だ。いつも、なんとなく目が離せなくなる。
横顔にぼうっと見入っていると、二口目を吸い込み、おもむろにこっちを向いた。今日の空のような青い目と見つめ合うこと二秒。三秒目で、あろうことか俺の顔へ向かって煙を吹きかけてきた。
「けほっ、っ、なんだよ、やめろよ! けむいだろ!」
衝動的に握り込んだ拳を解いて煙を払う。薄い煙幕越しにカルロが喉を鳴らした。やっぱり殴ってもいいかな。いいよな。いいだろ。
即座に、ラグの上に落ちていたクッションを掴み取り大きく振りかぶる。豪速の攻撃だったはずなのに右腕一本で防がれ、思わず睨み付けてしまった。むかつく。
「ああもう、何なんだよ! なんかあるならちゃんと話せよ、わかんないだろ! あと煙草吸うなら外行け! 壁が黄色くなる!」
「耳元で叫ぶな。マキ、灰皿持ってこい」
「ひとの話聞けよ! ラグに灰落としたら追い出すからな!」
むかむかしつつ、テーブルの端にある灰皿をカルロの眼前へ突き出す。要求したくせにすぐには受け取らず、吹き出すように笑い、俺の頭をぐしゃっと掻き乱して漸く灰皿を攫っていった。
灰皿を左手に持ち替え、肩を震わせながら、トン、と灰を落とす。
「マキ」
「なんだよ」
「お前今日誕生日だろ」
「へ。ああ、うん。そうだけど」
唐突だけれどあまりにもナチュラルで、睨むことも忘れ目を瞬いてしまう。
「なんで知ってるんだ? 俺、話してないよな」
「お前のことは調査済みだと言っただろう」
「なんかそれ、ストーカーみたいだな」
「殺すぞ」
軽口の応酬の間も、俺とカルロの視線は噛み合わない。俺は紫煙を燻らせる横顔を、カルロは真っ直ぐに部屋のどこかを見ている。何を見ているのかと、
その意識が向かっている方向を見てみたけれど、結局カルロの眼に映るものはわからずじまいだった。
「……マキ」
「だから、なんだよって」
ソファの対面に置いている観葉植物から隣へと注意を戻す。灰皿の上に浮かせているカルロの右人差し指と中指の間では、
落とされないまま範囲を拡げていく灰がじりじりと小さな音を立てていた。
ゆっくり、ゆっくりと、灰の首が傾いていく。同じ速度で燃えていく火種はもう、フィルターのすぐ傍まで迫っている。
白を侵食していく焦げがフィルターに到達した。カルロの喉が薄く上下する。
「…………お……」
「お?」
「…………」
ぽとっ……と、伸びに伸びた灰が灰皿へ落下していった。煙の消えた吸い殻も、引き摺られるように灰の上に横たわる。気付いていないのか、
カルロの口は小さな開閉を繰り返すばかりで、無駄にしたと舌打ちすることも次の煙草に手を伸ばすこともしない。
珍しい姿をまじまじと観察していると、しばらくして開閉も止んだ。何かを決意したように下唇を噛み、前方の壁を睨み付ける。直線上にある観葉植物の悲鳴が聞こえた気がした。
「マキ」
「はいはい」
観葉植物を怯えさせながら、何故か顔を強張らせ、低く呟く。
「誕生日……おめでとう。……と、言ってほしいか」
「はあ、まあ。言われたら嬉しい、かも……?」
「そうか。セックスするか」
「しないよ」
「しゃぶるか」
「精子一匹につき一ドル徴収してもいいなら」
「お前どこでそんな切り返し覚えてきた。エシカか」
「ヴァレンタイン。エシカはそんなこと言わないよ。――で、結局何が言いたいんだよ」
横から強引に視界へ割り込み、青の瞳を覗き込む。一瞬見開かれたけれど、カルロの動揺はそれきりで、すぐに眉間のしわが深まった。
「……何が欲しい」
「は?」
「だから、欲しいもんはねえのかって聞いてんだ。一度で理解しろ馬鹿」
短い舌打ちが繰り出される。もろに浴びた俺は、ただただ、唖然としていた。
「馬鹿が馬鹿面晒してんじゃねえよ。さっさと答えろ」
「……なあ。どうして俺、今、責められてるんだ……?」
「馬鹿だからだろ」
「ムカつく……」
「同感だな。そのツラ見てると弾を無駄使いしそうになる」
無意識に右手を振り上げていた。呼吸をするように容易く手首を取られ、そのまま膝へ戻される。
「……、別に、欲しいものとか今特に……ない、よ」
「なんかあんだろ。指輪とか時計とかバッグとかマンションとか現金とかブラックカードとか」
「あんたも苦労したんだな。ていうか、俺がそんなもの欲しがると本気で思ってるのかよ。思ってないだろ?」
「思わねえな。だから訊いてやってんじゃねえか。いいから、オレの気が変わらねえうちにさっさと答えろ」
逡巡を許さないように「三秒だ」と続け、ソファの背にふんぞり返る。尊大な態度に呆れつつ、脇に置かれた灰皿を回収しテーブルへ戻した。姿勢を戻し、
きちんと座り直す。天井を見上げ、クッションを抱く。
ここまでで優に一分は掛かった。三秒だと宣言したカルロは、何も言わなかった。
苦にならない沈黙の中、求められている答えを模索した。指輪も時計もバッグも、カルロが口にしたものも浮かべた。だけど全部しっくりこない。
子供達に読み聞かせる本、というのも考えたけれど、きっとカルロは嫌な顔をするだろう。それはお前の欲しいものじゃないだろうと突っ撥ねる姿がありありと浮かんだ。
(……ほしい、もの……)
ちらりと、左隣を窺う。深く沈んだソファの背に両腕を拡げ、足を組み、火のついていない煙草を咥えていた。
まるで自分の部屋のように寛ぐ姿に、
浮かべたばかりの物たちがすうっと消えていく。
蛮区へ連れて来られた頃には、こんな姿を見るようになるだなんて考え及びもしなかった。
プライベートルームでさえ警戒を怠らなかったこの男が。ろくに眠らず、食べず、ドラッグばかり打って体を虐げていたこの人が。
少しの物音で跳ね起きて銃を構えるようなこの人が、今この瞬間、確かに寛いでいる。警戒対象である他人の前で、堂々と。それが当然で、当たり前なことのように。
弱ったなあ……と、内心に失笑した。こんな姿を見せられてしまえば、絆されないほうが無理だ。
何が欲しい――今し方見た仏頂面と不器用な問い掛けが、ふっと脳裡に過る。
――自然と口を開いていた。
「おめでとうって言ってよ。ちゃんと、俺を見て。誕生日おめでとうって、言って」
「…………」
「茶化さずに、ちゃんと。……俺は、あんたからのおめでとうが欲しいよ」
瞠目するカルロに目を細めた。真意を探るようでもないその表情はどこかあどけなく、普段接している子供たちとよく似ていた。
眠れずにぐずってしまった子にするように、頭を撫で、額を合わせ、大丈夫だよと言ってやりたくなった。でもきっと、そんなことをした途端この表情は消え失せ、
複雑そうに歪んでしまう。勿体ない、と素直に思った。まだ見ていたかったから、少しだけ浮いていた両腕は静かに下ろした。
あやさない代わりに、手を取った。左手の中で驚いたようにピクッと指が跳ねる。構わず包み、繋いだ。やっぱりカルロは何も言わなかった。
目を伏せる。さっきよりずっと穏やかな空気に頬を緩ませた。俺が黙ると、色んな音が聞こえてきた。窓の外からは鳥の音、車の走行音、
誰かの笑い声。体温が溶け合い始めた手からは、生きている音。
自分の鼓動をゆっくりとカウントした。
三回目で衣擦れの音が立った。七回目で右の頬に冷えた手が添えられる。十二回目で空気が揺れた。
二十回目で、静かに名を呼ばれた。
「……マキ」
「うん。なに」
瞼は下ろしたまま答える。少し躊躇うように閉じたそこを親指がなぞる。さっき散々馬鹿と言われた仕返しに応えずいると、
指と違う感触と微かなリップノイズが立つ。甘ったるい無言の催促を小さく笑い、しょうがないから目を開けてやった。
鼻先がつきそうな近距離に、困ったような、少し拗ねているような、やっぱり子供のような顔が見えて笑いを堪えるのが大変だった。
こつり、額が合わされる。ちゃんと見てと言ったのに、近すぎて薄い青が霞む。
喉まで出かかった文句を飲み込んでいると、掠めるように鼻先を啄まれた。
「……、なあ。なんでさっき拗ねてたの。俺、なにかした?」
同じように鼻先に触れる。言いたくないと主張するようにアイスブルーがすうっと逸れた。畳み掛けず待っていると、薄い溜息の後、
「もう眠るな」と理不尽な命令が下る。反発を許さないように口付けられ、疑問や反論ごと吐息を飲み込まれた。今度同じことがあったらきつく言ってやらなきゃ。
なんでもキスで済ませられると思うなよ、と。……今度こそ、きっと。
体から力が抜けていく。要求の手前、瞼をきつく閉じることもなんとなく出来ずに、細められた青が滲んでいくのをずっと見ていた。
カルロもそんな俺を見ている。意識が朦朧とするような深いキスじゃなく、気持ちがほうっと温まるような戯れだった。
息継ぎの合間には声のない笑い声が零れ、漂う甘さに腹の奥がむず痒くなる。
機を窺っているのか、それとも躊躇か、カルロはなかなか要望を叶えてはくれなかった。こんな機会なんてなかなか無いし、
催促して追いつめるのも面白そうだけれど、そうはせずただじっと待った。優位に立っているような淡い錯覚と、確かな期待を抱きながら。
「……マキ」
「ん……、はい」
答えると、僅かな沈黙。
今日だけで何度繰り返したかわからない。だけど今までで一番やさしく呼ばれた。その声音だけで満足してしまいそうなくらいに。
喉が動いたのが肌から直接伝わってきた。ぼやけてしまった青の瞳には今、小さな俺以外何も映っていない。
「――誕生日、おめでとう」
修飾の無い単純な一言に、息が詰まった。そうしてほしいと強請ったのは俺自身なのに、即座に反応を返せないほど、プレゼントを飲み込むまでに時間をかけてしまった。
飲み込めば、言い様の無い嬉しさが全身を駆け巡り、指先が震えた。命を繋いでくれた人から貰う単純な祝いの言葉が、
こんなに嬉しいものだとは知らなかった。いっそ叫んでしまったほうが楽なくらい、込み上げてくるものがあった。
たまらず目を逸らす。何か言わなくては――崩れてしまいそうな心を奮い立たせ、震えた口を開いた。
「……っ、あ、あり……が、と……」
「おい。目を見て言えよ」
努力を嘲笑うように低く囁き、強く噛んだ唇をその舌先が緩やかに解く。さっきとは逆だ。今度は俺が追い詰められている。すっかりいつも通りな余裕綽々の態度が悔しい。
悔しいから、目一杯笑ってやった。
痛む目頭にも震えそうになる声にも構わず笑って。
驚いたようにひとつ瞬いたその瞼へ、百万回のありがとうを籠めたキスをした。
2014.2.10 マキちゃん誕生日おめでとう!!
どハマりゲームSi-Nis-Kantoの主人公・マキちゃんのお誕生日ということで、最愛CPでお祝いさせていただきましたー!マキちゃん天使。マキちゃん可愛い。幸せになって!ボスと!!
オチ無しはデフォです。いつまで経ってもSS下手すぎて涙出そうです。愛だけは詰め込んでおります。きっとこの後、窓の外で様子を窺っていたヴァレンタイン達ZENCA面々が部屋へ雪崩れ込み、 大きな花束抱えたエシカからの嘲笑にボス青筋ビッキビキ→脱力・みんなからのおめでとうにマキちゃん笑顔な感じになるんだと。ZENCA好きすぎます。
マキちゃん、本当におめでとう!だいすきです!!